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> ノンフィクションは面白くなくていい
昔からノンフィクションが好きなのだが、
最近は「うわ、読みたい!」と思うような本がない。
書評で気になるテーマを見つけても、
本屋でパラパラめくっているうちに、
「ああ、こういう感じね」となってしまう。

だから、近ごろは「お勉強」というか、
自分でもあまりよくわかっていないテーマの本を、
いろいろ好奇心に任せて斜め読みしている。

昨日は『ピストルと荊冠』(角岡信彦)を読み終わった。
ヤクザでありながら長年、部落解放同盟の支部長を務め、
のちに横領で逮捕された小西邦彦の評伝である。

「大阪もの」だからいちおう読んどこか、
くらいの感覚だったが、予想に反して引き込まれた。
なかでも新鮮に感じたのは、その脚色の少なさだった。
被差別部落から暴力とカネでのし上がっていく小西。
これを面白く書こうと思えばいくらでも書けるはずだ。
立志伝・変人奇人・破天荒・カリスマ・怪人・時代の寵児・ピカレスク・闇社会の〇〇……
どれでも好きなのをどうぞ、という感じ。
しかし、著者はこういったわかりやすい誇張を慎重に避けて、
さまざまな証言から丹念に小西の姿をスケッチしていく。

べつにノンフィクションとして特別なやり方ではない。
要は「普通に取材して普通に書いている」ということだ。
しかし、こういう作風は今や少ない気がする。
とくに山場や感動の場面もなく、淡々と事実を並べ、
「結局なんだったのか」は読者にゆだねる。
うん、こういうのでいいんだよ、ノンフィクションって、こういうのでさぁ……
とつぶやきながら読んだ。

ノンフィクションの魅力とは「リアルさ」だ。
もちろん「現実そのままの文章」などあるはずないけれど、
少なくとも「事実をありのままに書こうとした作品だな」
と思えなくてはならない。

ジョージ・オーウェルの『象を撃つ』が傑作なのも、
徹底してリアルだからだ。
イギリスのビルマ支配に反対の立場を表明しつつ、
「この世で最高の喜びは坊主どものに腹に銃剣をぶちこんでやることだろう」
という素朴な感覚まで書き切っている。
これが「植民地はよくないと思います!」みたいな話だったら、
読めたものじゃない。

事実をドラマチックに演出すれば、
カタルシスもあるし、物語としておもしろくなるだろう。
しかし一方で、リアルさは失われる。
人物もマンガのキャラみたいになって、
全体として「大味」になる。

その典型がいわゆる「メディア美談」だ。
「一杯のかけそば」から、佐村河内さん、下町ボブスレーに至るまで、
繰り返される大味な感動ストーリー。

もちろん商売の都合上、
やらざるを得ない面もあるのだろう。
それでもノンフィクションくらいは、こういう物語化に逆らって、
そのままの人間を描くジャンルであってほしい。

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by okuno0904 | 2018-02-17 09:27 | オモロイ本を読んだ! | Comments(0)

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