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> おにぎり文章論 その2
さあーブログ書くぞー
さあー書くぞー! あー書きたい!
(と必死で己を鼓舞しています)
みなさんいかがお過ごしでしょうか。
というわけで、
前回の文章論から早くもひと月経ってしまいましたが、
「おにぎり文章論」の続きです。

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●よくできた文章とは「おにぎり」である
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突然ですが、はじめに、
「よくできた文章とは、おにぎりのようなものである」
こう言いきっておきましょう。
これがライターとして10年くらい活動してきた僕の
素直な文章感覚です。

どういう意味か。
まず、おにぎりから
構成要素を考えてみましょう。おそらくは、

1:ごはん
2:具
3:海苔

というのが一致するところだと思います。

この3つのバランスがあって、
みんなが同じようにイメージできて、
3歳の子供でも絵に描ける
あの「おにぎり」があるわけですね。

この3要素がバラバラだったらどうでしょうか。
海苔だけ、具だけは、ただの食材ですね。
ごはんだけだと、おにぎりというより
冷凍保存用のごはんみたいです。
あまり食欲をそそりません。

次にこのどれかが欠けたらどうか。
ご飯がないとおにぎりではありませんね。
具がないと、もの足りない。
買うにしろ作るにしろ、「具が不明」ということは
ふつうありえません。具は主役だからです。

また、海苔がなくても、
食べるぶんにはほとんど支障はないけれど、
「おにぎり」って感じがしませんね。
なんで海苔ないの? という感じで、
絵的にも寂しい。

この3要素こそ「おにぎり」を
おにぎりたらしめているわけで、
何一つとして欠かせないわけですね。

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●文章の目的は「メッセージを伝えること」
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こんどは文章の話です。
まずややこしい芸術論は抜きにして、
シンプルに「文章の目的とは何か」から
考えてみましょう。

僕は、文章の目的とは、
「書き手のメッセージを読み手に伝えること」
だと思っています。
だから、いい文章とは、
「メッセージがよく伝わる文章 」です。

たとえば、
「金持ちはずるい」
というメッセージが
書き手の中にあるとします。

これを文章で伝えるにも、
さまざまな方法があります。

「金持ちを許すな」と書いたビラを配るのも手なら、
貧しい人々の暮らしを長編小説で描いてもいい。
劣悪な労働環境の工場に潜入し、
ノンフィクションの体験ルポを書く手もあります。

で、その文章を読んだ人の心に、
「ああ、たしかに金持ちはケシカランなあ」
という気持ちが起これば、
文章の目的は一応達成されたことになるわけですね。
反対に「何いってやがる」となれば失敗。
読者も書き手と同じくらい怒りを感じてくれれば大成功、
というわけです。

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●書かない方が伝わることもある
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「メッセージを伝える」ための手段は
たくさんあります。

しかし、「金持ちを許すな!」という
メッセージをそのまま書き連ねたビラを
駅前でもらっても、ほとんどの人は、
「なんじゃこりゃ?」となるだけでしょう。

それより、体験ルポの方が、
「なるほどなあ、ヒドイもんだ」と
思ってくれる人は多いはずです。

さらに、読んでいて心地よい文章や描写、
魅力的な登場人物が出てくる小説ならば、
よりたくさんの人にメッセージを伝えることが
できるかもしれません。

直接的に「金持ちはずるい!」と書くのではなく、
あえて書かずにおく。
その結果、本を閉じた後で、
「こんなのって……ずるくないか?」と思ってしまう。
つまり、あるメッセージが読者の中に、
自発的に浮かび上がる方が、
その人の心により深く響く。
こういうこともいえるでしょう。

こちらのほうが、「金持ちずるい論」に
反感を持っている人や無関心の人にも
メッセージを届けることができる。

メッセージを伝えるといっても、
力ずくで押しつけるだけじゃなく、
引き出したり、自発的に思わせたり、と、
いろいろ作戦があるわけですね。

もっとシンプルな例をあげましょう。
トイレで利用者に「小便を床にこぼすな」
というメッセージを伝える文章の場合です。
(男にしかわからない話ですいません)。

1「おしっこを床にこぼさないでください」
2「おしっこは、もう一歩前で」
3「いつもありがとうございます。皆様のご協力でこのトイレは清潔に保たれています」

もっとも直接的なのは1ですが、
きっと、いちばん効果があるのは3でしょう。
1は「え?」って感じだし、
2も「うるせー指図すんな」という気がしますね。
3は最近よく見る作戦です。
おしっこの「お」の字も書かれていませんが、
「ああ、きれいに使わなきゃ」
という気分が呼び起こされるわけですね。

メッセージは「書けば伝わる」
というものでもないのです。
反対に「書かない方が伝わる」ことも多い、
と言えます。

ま、「伝える作戦」は限りなくありますが、
ここでいったん、要点を整理しておきましょう。

――――――――――――――
・文章の目的とは「書き手のメッセージを読者に伝えること」である
・むき出しのメッセージは読み手の反感を招く
・ただ伝えるのではなく、読み手に「広く」「深く」伝えるには、工夫が要る
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●具=メッセージ、ごはん=事実
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ここで、「文章はおにぎりである」というテーマに戻りましょう。

文章が「おにぎり」なら
メッセージはなんでしょう?
やはり、「具」です。
そして、そのメッセージを支える
事実やデータ、文献の引用、発言、体験などが、「ごはん」と
とらえることができます。

つまり、「金持ちはずるい」と書いたビラを配るのは、
具だけをおにぎりだと言って食わようとするようなものです。
当然、誰も食べてくれません。
むしろ、この人アタマ大丈夫? となる。

工場に潜入し、悲惨な労働環境を見聞きした事実をルポにまとめて、
「このように、金持ちは貧乏人をコキ使ってボロ儲けしている。ずるい!」
と書けば、読み手は「そうだな」「確かに」と納得してくれます。
これは、かなり「おにぎり」に近いと言えます。
ちゃんとごはんの中に具が入っている。
おいしいし、腹もふくれる。

しかし、「論拠(ごはん)とメッセージ(具)」だけで、
「こういう事実があるからこういうことが言える」だけでは、
論文やレポート、新聞のデキの悪い社説と同じです。

「おもしろいものを読んだ」
「読んで得した、いい時間を持てた」
「この人の文章をまた読みたい」
というような充実感や陶酔を読者に味わってもらうには、
何か足りない。

この足りないものが、
おにぎりの「海苔」に当たるものです。

海苔があって初めて、
誰が見ても「ああ、おにぎりだな」とわかる。
腹がふくれるだけでなく、
精神的にも絵的にも充足を味わえるものになるわけです。

さて、文章における「海苔」とはなんでしょうか? 
(スイマセン、長くなったのでまた続きます!)
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by okuno0904 | 2012-10-01 21:11 | Comments(0)

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