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カテゴリ:ミュージアム中毒進行中( 4 )
近つ飛鳥博物館から推古天皇陵へ
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facebookでやってた写真自慢&雑文を
これからはこっちで書こうかな、と思っています。
FBだと、どうも数分おきに反響が気になったりして、
中毒気味になるので。
お母さんがファミコンのACアダプターを隠すように、
FB中毒が治るまでアカウントは友達に預けてしまいました。
よってしばらくログインできません。
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近つ飛鳥博物館という、府立の博物館に行ってきました。
太子町という聖徳太子の御廟がある町。
はっきり言って遠いです。不便です。
しかし、お約束の安藤忠雄の建築に、
古墳群をそのまま周遊路にした景観は圧巻。
古墳から発掘された埴輪もたくさんあります(写真は水鳥)。
このゆるキャラのようなツルッとしたシンプルさがいいですね。
ムダを嫌う、わかればいい、という抽象化。
関西人の気質の根源かもしれません。
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博物館から1時間ほど歩いて、推古天皇陵に。
メジャーな人物なのに、わかりにくい場所のせいか、
誰もいませんでしたが、帰りに古代史ファンのご老人に会いました。
厳かな雰囲気のある方墳です。
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ただ、これはいかがなものでしょうか?
責任を持ってメンテナンスしてくれ!

このように、人の少ない史跡を探して歩いているうちに
すっかり古墳ファンになってしまいました。
季節もよくなったので、
また気が向いたら写真を載せていきます。
by okuno0904 | 2012-10-16 13:41 | ミュージアム中毒進行中 | Comments(0)
民族学博物館「ウメサオタダオ展」に行ってきました
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今さらかよ、って言われそうですけど、子供を万博公園で遊ばせる
ついでに行こうと思ってたら、毎週毎週、雨でね…… 
らちがあかんので先日一人で行ってきました。
会期は6/14(火)までだから、今週末がラストチャンスです。
展示はボリュームありますから、半日は要りますよ。

僕も梅棹さんの本は好きで、とても影響を受けているし、
読者の皆さんもそうじゃないでしょうか――いや、
間違いなくそうですよね!

僕は、明らかに影響下にあるノート本だけでなくて、
『知的生産ワークアウト』っていう本も書きましたから、
学んだことを胸の中に秘めておくだけでは、
ちょっとずるいんじゃないか、と。
そんなわけで、以下、写真自慢(DP2sで撮影)と感想です。
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●来場者の年齢層は高め。たまに若い人も

会場ではメモを持った人がたくさんいました。
モレスキンとか、A6ノートとか、
なんでも書いて忘れることで、
頭がスッキリする、と梅棹氏の本にもありましたね。

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●情報カードを使い出す前に使っていたフィールドノート

この光景、どこかで見たなあと思ったら、
うちにある古いノートと同じです。
これはたしか戦後間もない頃の調査だから
紙の保存性ってすごい。
スケッチをたくさん残しているのが印象的でした。
写真だと現像するまでわからないからです。

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●旅の記録は「貼り混ぜ帳」だった

ライフログノートと同じ方式で、
酒のラベルを集めているのをみて驚きました。
情報カードを使うようになっても、
ノートを使うことはあったようです。
ミュージアムトークでは、親しかった方が
京都の梅棹邸で朝まで飲んだ話なんかを披露していました。

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●ローマ字日記も付ければエスペラント語も使う合理主義者

「今日はとても寒い」、こんなことでも
書いておくと何かの役に立つだろう、と。
無駄を恐れないというポリシーが垣間見えます。

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●タイプライターを使ってローマ字で書かれた情報カード

古びていい風合いになってます。
僕はカナ文字タイプライターを
ヤフオクで探しているのですが
なかなか出会えません。
見つけたら教えて下さい。

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●名刺もコピーしてカード化。

死んだら「死亡」。なんという合理性。
梅棹氏の仕事からは、因習や情緒に縛られているせいで
まかり通っている非合理なことを、
あえて無視して、作り替えてみせる、
そんな思想を感じます。

誰かが矢面に立って無茶をしないと、
何も変わらないんだ、という意志を。
『文明の生態史観』は内容も大胆不敵でしたし、
あの文体に、衝撃を受けた人も多かったと聞きます。

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●執筆内容もカードでストック

これぞ情報カード、という一枚。
単純に、貯まったり、使い切ったりすると
人間は快を感じる。
机上の空論的なシステムでなく、
非常に人間の生理にあったシステムと言えます。

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●知ることは楽しい。ただそれだけ

梅棹氏があれだけの業績を残せた原因は、
これでしょう――「知的貪欲さ」。

ふつうなら、
これは男のやることじゃない
これは自分の専門じゃない、
これは今の仕事から外れている
これはアカデミックの世界でやらなくてもいい
ということまで手を出し、知りたがり、
無理矢理に何かを学んでしまう。

展示で、
「『妻不要論』という文章を発表したら、
批判の手紙が大量に来て驚いた。
人によってこんなに感じることが違うとは。
私にとってひとつの発見だった」
こんなコメントが引用されていたので、
全集の「妻不要論」を読んでみました。

面白い、面白いけど、こりゃ絶対、怒る人出てくるよ!
同時に思いました。
やっぱり天才ってチャーミングなんだなあ。

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●展示の感想は情報カードに。こうして思想は受け継がれていく

小学生も「そういえば昔、カードの束を見たなあ」と思って、
未来の情報端末から手書きカードに変えたりするんでしょうか?

僕も「知的貪欲さ」を片時も忘れないよう、
精進していきます。
by okuno0904 | 2011-06-10 15:58 | ミュージアム中毒進行中 | Comments(0)
大阪観光は「みんぱく」しかない(その2)
(前回の続き)で、最近、ぼんやりツイッターを見ていたら、ある人が梅棹忠夫の『知的生産の技術』を読んで、「40年前の本だと知って衝撃を受けた」と書いていた。梅棹氏と言えば「みんぱく」。なんと奇遇なことか、と思った。

僕は24歳のときに『知的生産の技術』を読んで、ずいぶん影響を受けた。たしか、この本を薦めてくれたのは、当時ライター学校の講師だった竹熊健太郎氏だった。竹熊氏は、竹中労の著作を引き合いに実践してきたインタビューやライティングの手法を楽しく話してくれた。いい授業だったので今でも印象に残っている。

僕はこの本を何回も読み込んだし、僕の本は、この巨人の肩に乗っている。梅棹氏を中心に作ったNPO「知的生産の技術研究会」でも何度か講演させてもらった。

そういう関わりもあったので、もう『知的生産の技術』は「腹に入っている」と思っていたが、この書き込みを読んだとき、今更になって、この本の背景にある「時代性」というものがわかった気がした。

そう、『知的生産の技術』は、大阪万博の前年に出た本だったのだ。

「これからは単純労働力、工業生産力がものを言うの時代ではなく、情報でどう価値を生み出すかの時代だ」という『知的生産の技術』のメッセージは、あの「人類の進歩と調和」をテーマとした大阪万博の時代に発せられたメッセージだった。

こう思うと、これまでになかった視点が得られる。僕は七〇年代は体験していないが、その後の雰囲気は幼い頃に体験したので、わかる。司馬遼太郎が嘆いたように、日本人は土地転がしに夢中になりバブルを引き起こし、現在までの迷走につながっている。進歩と調和はどこへやら、だ。

万博のテーマも『知的生産の技術』も早すぎたのではないか。今になって同書が売れていることを見てもそんな気がする。

そんな梅棹氏の業績をふりかえる特別展が、3月から「みんぱく」で開かれる。氏が使った膨大な「京大カード」も公開されるという。不便なところだけれど、大阪に来た人はぜひ見に行ってほしいと思う。
by okuno0904 | 2011-02-16 19:50 | ミュージアム中毒進行中 | Comments(0)
大阪観光は「みんぱく」しかない(その1)
先日、東京から作家友達が来たので大阪の国立民族学博物館を案内した。大阪ならここを見んとあかん、と半ば僕のごり押しで決まった観光コースだ。

「みんぱく」に限らず、ミュージアムに一緒に入ってとりとめない会話をするのは、その人の人間観、文明観といったものがつかみやすくなるので気に入っている。社長同士がゴルフしながら世間話でもするのにも似ていると思う。

なぜそんなにみんぱくを押すのか。

第一の理由は、唯一の博物館だからだ。「ここにしかない」というと、どんな博物館であっても、歴史建造物であってもそうだという人もいるだろう。が、実際振り返ってみると、よく似たようなものは日本各地にある。

一方、「みんぱく」はどうか。日本のどこにも、こんなミュージアムはない。

上野や京都、奈良の国立博物館、も収蔵品は個性があるだろう。だが、同じような国宝級の掛け軸や屏風を何十と見ても、美術愛好家でもない普通の人には特に感動はないと思う。見るなら数点で充分だ。

みんぱくでは、現代でも使われているような世界各国の生活雑貨、楽器、衣服、風俗なんかが、現代でも生きているものとして展示されている。だから、なんとなく生気を持っているように見える。一見ガラクタにも見えるが、エネルギッシュなのだ。

みんぱくに行くべき理由として忘れてはならないのは、万博との関係だろう。

みんぱくは、1970年の大阪万博の跡地、万博記念公園にある。公園内には、パビリオンだった建物が、当時の大阪万博の様子を伝える博物館として公開されている。

万博は盛り上がった、という話は僕のような世代にとってすでに伝説だけれど、あの「太陽の塔」を見ると、当時のエネルギー、時代の空気がすこし伝わってくる。

パビリオンでは、岡本太郎が「太陽の塔」の制作意図を語った(この鼻のひん曲がった百姓顔を世界に突き出してやるんだ、といった)演説や各国のパビリオンの様子、市川崑や横尾忠則の仕事も一部見ることができるので、万博を知らない人はみんぱくのついでに行ってみるといい。(つづく)
by okuno0904 | 2011-02-10 21:02 | ミュージアム中毒進行中 | Comments(2)
   

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